10月1日の朝、日銀の短観(全国企業短期経済観測調査)が発表された。大企業製造業の景況感はプラス24。6四半期連続の改善で、2018年3月調査と並ぶ約8年半ぶりの高水準だ。ニュースの見出しだけを見ると「景気は絶好調」に見える。
ところが同じ発表の中で、大企業非製造業はプラス37からプラス35に下がっていた。悪化は5四半期ぶり。工場の景気は良くなっているのに、お店やサービスの景気は下がっている。同じ国の、同じタイミングの景気なのに、どうしてこんなに温度差があるのか。今回はそこを掘り下げてみた。
そもそも短観の「プラス24」とは何か
短観の業況判断DIは、企業に「景気は良いか、悪いか」を聞いて、「良い」と答えた企業の割合から「悪い」と答えた企業の割合を引いた数字だ。プラス24なら、「良い」と答えた企業が「悪い」と答えた企業より24ポイント多いという意味になる。
日銀が約3カ月ごとに約9,000社に聞いている調査で、国内の景気を見るうえで最も注目される統計の一つだ。経営者の「肌感覚」を数字にしたもの、と考えると分かりやすい。
今回の主な数字
| 項目 | 今回(9月) | 前回(6月) | 先行き |
|---|---|---|---|
| 大企業・製造業 | +24 | +22 | +21 |
| 大企業・非製造業 | +35 | +37 | +30 |
| 中小企業・製造業 | +14 | +9 | — |
数字の水準だけ見れば、非製造業(+35)の方が製造業(+24)より高い。ただ、方向が逆を向いている。製造業は上り坂、非製造業は下り坂に入った。そして先行きは、どちらも今より悪くなると見込んでいる。
好調なのは誰か:AI需要が「鉄」や「土」にまで届いている
製造業の中で特に改善したのは、鉄鋼(12ポイント改善でプラス6)、窯業・土石製品(11ポイント改善でプラス22)、非鉄金属(9ポイント改善でプラス45)だった。日本経済新聞は、改善した業種について「AI関連需要の影響が幅広い業種でみられた」と報じている。
ここが面白いところだと思う。AIというと半導体やデータセンターを思い浮かべるけれど、データセンターを建てるには鉄骨もセメントも要るし、電線や冷却設備には銅などの非鉄金属が大量に使われる。AIブームの恩恵は、一見地味な素材産業にまでじわじわ広がっている。
ちなみに鉄鋼は、大きく改善したとはいえ水準はまだプラス6。「悪い」と答える企業もまだかなり多い状態から、ようやく持ち直してきた段階だ。
苦しいのは誰か:中東情勢のコストと「値上げ疲れ」
一方で悪化したのは、食料品(6ポイント悪化でプラス3)、紙・パルプ(4ポイント悪化でプラス36)、自動車(1ポイント悪化でプラス11)など。悪化した業種は、中東情勢を背景としたコスト上昇の影響を受けたとされている。原油高は燃料費だけでなく、包装材や輸送費にも跳ね返る。
非製造業については、販売価格の上昇で需要が鈍っていることが景況感の悪化につながったと報じられている。値上げをして売上単価は上がったけれど、その分お客さんの財布のひもが固くなった、ということだ。
家計の目線で見ると、これはすごく納得がいく。ガソリンは補助金で170円に押さえ込まれているものの(ガソリン170円は「仮の値段」だった、の記事)、食品や日用品の値上げは続いている。消費者が「もうこれ以上は払えない」と感じ始めたサインが、サービス業の景況感に表れているように見える。
意外なポイント:企業の「想定為替」は154円、実際は157円
短観では、企業が事業計画の前提にしているドル円レートも聞いている。今回の2026年度の想定は1ドル=154円23銭で、前回の152円57銭から円安方向に修正された。
ところが、9月30日のドル円は157円台で取引を終えている。企業の想定より3円ほど円安だ。輸出が多い企業にとって、想定より円安ということは、円に換算した売上や利益が計画より膨らむ余地がある。一方で、原材料を輸入している企業にとっては、そのぶんコストが重くなる。円安は「誰の立場に立つか」で、良いニュースにも悪いニュースにもなる。
もう一つ見逃せないのが人手不足だ。従業員が足りているかを聞く雇用人員判断DIはマイナス38で、「足りない」と答える企業が大きく上回っている。バブル期に迫る水準の人手不足は、賃上げの圧力として今後も続いていきそうだ。
日銀の利上げにはどう効く?
今回の短観が特に注目されたのは、10月末の日銀の金融政策決定会合を占う材料だからだ。日経の報道では、9月24日時点で市場が織り込む10月の利上げ確率は3割近く、12月までの追加利上げの確率は9割を超えていた。
日銀が利上げの判断で重視しているのが、企業の物価見通しだ。今回、企業が予想する物価上昇率は1年後が2.6%、5年後が2.5%で、前回(1年後2.7%、5年後2.6%)からわずかに下がった。依然として日銀の目標の2%は上回っているものの、「インフレ期待がさらに強まっている」とまでは言えない結果だった。
製造業の好調と人手不足は利上げを後押しする材料。一方で、非製造業の悪化と物価見通しの小幅低下は、利上げを急ぐ理由を弱める材料。今回の短観は、どちらの材料も入っている「判断が分かれる」内容だったと思う。
加藤智也の視点:私は「製造業」側の人間だった
実は私は製造業で働いている。工作機械を使って鉄を削る、いわゆる金属加工の現場だ。だから「鉄鋼が12ポイント改善」という数字を見たとき、真っ先に「自分の仕事とつながっている話だ」と感じた。
ただ、正直に言うと、短観の「プラス24」という数字と、現場で働く一人ひとりの実感は必ずしも一致しないと思う。DIはあくまで経営者に聞いた「平均的な肌感覚」で、同じ製造業でも、AI関連の仕事が増えている会社もあれば、自動車関連のように悪化している業種もある。統計を見るときは「平均」だけでなく、「自分の業界はどっち側か」を確かめるのが大事だと改めて思った。
そして製造業で働いていても、家に帰れば消費者でもある。給料をもらう側としては製造業の好調はありがたいけれど、買い物をする側としては値上げにため息をつく。短観の製造業と非製造業の温度差は、一人の人間の中にも同時に存在しているのかもしれない。
この先どうなる? 考えられる3つのシナリオ
- シナリオ1:10月に利上げ 製造業の好調と人手不足を重く見て、日銀が連続利上げに踏み切る。円高方向に振れれば、想定より円安で得をしていた輸出企業には逆風になる
- シナリオ2:12月まで見送り 非製造業の悪化や物価見通しの小幅低下を見極めるため、もう少し様子を見る。市場の見方はこちらが多数派だった
- シナリオ3:非製造業の悪化が広がり、利上げが後ずれ 値上げによる需要の鈍化が続けば、個人消費の弱さが目立ち、利上げのタイミングが遅れる可能性もある
先行きの見通しは、製造業がプラス21、非製造業がプラス30と、どちらも今より悪くなると企業自身が見ている。好調な今の数字より、この「先行きの慎重さ」の方が、実は企業の本音に近いのかもしれない。
💡 補足
・短観は3月・6月・9月・12月に調査し、4月・7月・10月・12月に結果を公表する
・「大企業」は資本金10億円以上、「中小企業」は資本金2,000万円以上1億円未満の企業を指す
・業況判断DIのほかに、販売価格・仕入価格・雇用人員・設備投資計画なども調査している。今回の2026年度の設備投資計画は、前年度比+11.3%だった
・短観の結果は日銀のホームページで誰でも見られる
📊 加藤智也の分析メモ
「景気が良い」というニュースを見ても実感がない、という人は多いと思う。今回の短観を細かく見ると、その理由の一つが分かる気がした。景気の良さはAI関連と一部の素材産業に偏っていて、消費者に近いサービス業はむしろ値上げ疲れで冷えはじめている。投資の視点で言えば、「日本株全体」より「どの業種か」で明暗が分かれる局面だと思う。製造業で働く身として、次の12月の短観で、この好調が現場まで広がっていくかどうかを見守りたい。
※本記事は日本銀行の短観および報道をもとにした2026年10月1日時点の情報提供を目的としており、特定の銘柄・金融商品への投資を推奨するものではありません。日銀の政策判断は今後のデータや情勢によって変わる可能性があります。投資判断はご自身の責任でお願いします。


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